表明

After1000tokyo●児玉房子『千年後には・東京‐児玉房子写真集』(現代書館)を観了。

多くの、それはそれは多くの男性を敵にまわすことを覚悟して、また、多くの、それはそれは多くの非難や罵声を浴びせ掛けられることを覚悟して、思い切って言うと、ヴィトン好きの男って、キモくね?

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たのしいランチ

visageite●フェリックス・ガタリ著;宇野邦一訳;田原桂一『顔貌-田原桂一写真集』(PARCO出版局)を観了。
1988年、ニエプス賞受賞作。「ニエプス賞」というのは、新進気鋭で斬新な次の世代を担うべき若きフォトグラファーへ与えられるフランスの賞。
暗転した肖像写真のオン・パレード。

トースト4枚、ツナは胡麻ドレッシングと合えて、スクランブル・エッグにはケチャップ、ウインナーは切り目を入れずに5本、プチ・トマトを6つ。食後、プチ・トマトのヘタに付着していた白カビの大群と睨めっこ。
賞味期限は後方に遥か彼方。凶兆、危険な昼下がり。

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真を写せば

Memento-Mori●藤原新也『メメント・モリ』(情報センター出版局)を観了。
「むかしむかし、そのむかし、ニッポンはアジアのくにでありました。」(「紅棘」P126より)

いかにも清く、正しく、美しく、油断すれば背景にそっと忍び込もうとする不敵な「毒」を躍起に成って排除する。ミジンコ大の負の細菌さえ、憑かれた様に滅菌することに必死で、例えばスマイル、例えば無垢に過ぎる子ら、例えば集中治療室な大自然。
写真って何だろうね。
指の脂にも一瞬で感染する位の脆弱な、下半身の心許ないLOVE&PEACEばっか、己の特技・趣味の無さをベタベタなアングルよりカシャッ、あるいはちょっとイケてるストリート・ファッション、ねぇねぇ、ちょっと、スクランブル交差点のど真ん中で目的も思想も不携行のままに連写してるそこのボク、アジアン・テイストな麻などまとっちゃってー、別にどうでもいいけど、カメラはアンクレットじゃ無いよ、ピアスでも香水でも無いですよ、こちらをうならせてよ、現実を修辞しなくたっていいじゃない、現実はそのままで虚構だよ、奇麗な涙、麗しい花々に宿るもの、その宿るがままの目ヤニ、手折られたまま無残にへしゃげた茎だって。

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劇暑で候

kioku_tosi●稲越功一・川本三郎『記憶都市‐RUST CITY TOKYO』(白水社)を観了。
錆びれた鉄鋼所。淀んだ路地裏。暗い空、黒い大地。風景における人間の不在が、これほどまでに有機的で眩惑的であるとは。

ほら、今年もカメムシ目半翅類セミ科セミがボチボチ鳴き始めてきたね。っていう一方で、トンボ目蜻蛉類トンボも飛んでたりして。そういえば、ぎりぎりのミニスカートにルーズ・ソックス、白のキャップ被った可なりグラマラスな、縁無し眼鏡のおっさんを今日見ちゃった。少しずつサル目霊長類ヒト科ヒトも暑さにヤラれて来る頃だから、みんなも気を付けてよ。

P.S いっしー、ありがとー。

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THE WEB

sinuniha_iihida●文=栗山章;写真=ブルース・ウィリアムズ『死ぬにはいい日だ ニューヨーク道路情報‐ブルース・ウィリアムズ写真集』(新評論)を観了。

道のど真ん中を歩いていても顔面が蜘蛛の巣に引っ掛かる哀しさ、そして先程の雷雨。

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遺詠

yama●本橋成一『炭鉱‐ヤマ‐本橋成一写真集』(現代書館)を観了。
ガス爆発、炭塵爆発、出水、坑内火災などによって営々と死んで行った多くの坑夫達。ボタ山にも閉山した坑口の縁にも、思想の欠片はどこを探しても見つからない。ただ、彼等の象皮症に冒されたような腕と頬が狭い坑道の内でたくましく光っているだけだ。

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還る、という感覚

nanmei●藤原新也『南冥-THE INVISIBLE』(PARCO出版局)を観了。
「私の視線は一定の焦点を失い、まるで夢遊病者のそれのように曖昧なものになった。しかしその曖昧さは世界をあるがままに受け取るには最良の方法だった。」(「無時間劇」より)

ピンボケの幻想郷。
ドブ臭い俗事を一瞬、さっぱり忘れさせてくれた。

それにしても写真集って、もっと安価にならないものなの。

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編纂の妙

cr●荒木経惟編『恋する老人たち』(筑摩書房)を観了。
おじいちゃん子、おばあちゃん子にとっては、たまらない写真集。
古今東西、春夏秋冬、喜怒哀楽の老人たち。
老いんのも、捨てたもんじゃないじゃん。


©土井明治

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真昼のバドミントン

tokyo_monogatari●荒木経惟『東京物語』(平凡社)を観了。
氏の写真は、被写体が何であれ、いつも淫らでセンチメンタルだ。ただ、「物語」だけは掴んで放さない。

夜勤明け、重い身体を引き摺りながらの帰路、ある光景を目にした。
小2くらいの幼女と小5くらいの少女が二人一組になって、車の往来少ない道路でバドミントンをしていた。
このバドミントンが、それにしても続かない。
サーブ加減が決まって、強すぎるか弱すぎるかして、頭上をかすめて後方にポトリ。あるいは、両者の中間にポトリする。だからこのバドミントンにおいて、レシーバーの存在は存在だけであって、いや、相対性を考慮に入れるならば「レシーバー」は悲しくも「傍観者」と等価だ。
ここまでは、頑張って良しとする。技術力の乏しいサーバーのいるバドミントンではよくある光景だから。
しかし、図らずも「傍観者」と成り下がってしまったレシーバーが毎度毎度、サーバーに低声で罵声を浴びせ掛けるとなったら、事態は勢い非日常化するだろう。
「馬鹿」「何してんの」「下手くそ」
永遠と繰り返される、軽蔑と復讐の声。
青空の下、果てしなくも悩ましいバドミントンの横を通り過ぎた時、この無上の「虚しさ」に思わず熱く惚れたのだった。

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カシス・ウーロン

my_secret_camera●文=フランク・ダバ・スミス;写真=メンデル・グロスマン;訳=落合恵子『シークレット・カメラ―ユダヤ人隔離居住区ルージ・ゲットーの記録』(BL出版)を観了。
人が、悲劇の只中でこそ美しく照る、という至大な皮肉。

広島に発つTさんのために「和民」にてK野さん、Kスケ、Y平と飲み、その後「うたうんだ村」へGクが駆け付ける。
彼等の変わらなさにホッとしながらカシス・ウーロンを飲んで、飲んで、飲んで、飲んで。

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